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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)822号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔事実と判断〕原告岩崎秀夫は東京都文京区音羽町八丁目二〇番の三宅地四八坪を所有し、その上に建物を所有しているものであり、原告西田はみぎ建物を借受けて家族と共に居住し洗濯器材の製造業を営んでいたものであり、原告富島は原告西田方の職人で同居者である。被告鳩山先代一郎は同区小日向台町三丁目九一番地、九二番地に宅地一四〇〇坪を所有しており、(以下みぎ鳩山の所有土地を本件土地という)

本件土地は高台にあつて、その西端は高さ十数米の崖地を形成し、その下方に前記原告岩崎の所有地がこれと境を接している。そして、その崖地の法尻に高さ数米のコンクリート擁壁が設置せられ、擁壁の上方約一〇米の部分は急傾斜となつて上方宅地に連つているものであるが、昭和三三年九月二六日午後五時頃突然右傾斜面の土砂が原告岩崎の所有地に向つて多量に落下して、一瞬のうちに前記原告岩崎所有の本件家屋を崩壊させるに至つた。右崩壊前、その崩壊した部分の附近は、法尻に高さ数米に及ぶコンクリート擁壁を設け、法表面から深さ数米に達する二条のコンクリート土留壁を埋没し、本件崩壊部を挾んで土留柵工事を施し、本件崩壊部に上方宅地の排水用桶管設備を備えていたもので、これらの各施設はいずれも土地の工作物であり、且つその周囲数間にわたつて右の各施設を設置するための人工が施されているのみならず、この崖地はかつての崩壊あとに土盛りをし崖設置という目的で整然と土を配置した斜面をなし、その上に笹類を植栽したもので、本件崩壊部の大部分は土地の工作物というべきものであり、本件崩壊部分を含めて崖全体が土地の工作物と見るのが妥当である。本件崖の高さは十数米に及ぶもので、土質は表土層二ないし四米の厚さに水を良く透す関東ローム層が、その下の大部分は水を透しにくい粘土化した砂岩質の土があり、関東ローム層を滲透した水は両層の境目附近に溢れて崩壊し易い状態を作り出すのであつて、土留木柵は腐触して用をなさず、保護工作としては僅かに数米の法尻擁壁だけであつて、本件崖は斜面の高さ約十米傾斜度は約三五度で相当の急勾配をなしているので、地質的にも、力学的にも大きな崩壊の危険を蔵していた。しかるに法尻擁壁は数米に過ぎず背後の崖地の高さ傾斜高に比し低きに失し、又崖の法面の一部に二条のコンクリート土留壁が設けられているが、土留壁は設置された箇所を強固にするけれども、それに接続する不設置の場所に悪影響を及ぼすもので、本件の崩壊も土留壁のつきたところから始まつてをり、土留壁の設置に瑕疵があつたものである。また本件崩壊部分のほぼ中央に排水樋管が開渠式に設置されており、この樋管の設置保存の瑕疵も崩壊の原因となつている。本件崩壊により原告岩崎はその所有家屋を、原告西田は商品家財道具が一瞬のうちに失い、財産上の損害をうけたほか精神上の甚だしい苦痛をうけたので、原告らは本訴において原告ら先代の工作物のかしによる損害賠償として財産上の損害賠償のほか、慰藉料の請求をする、と主張した。

被告は本件工作物にはなんらのかしはなかつた。昭和三三年九月ころは例年になく降雨があり、特に本件崩壊の前日からの雨量はものすごく本件崩壊は記録的大豪雨の後に起つた不可抗力の天災によるものである、と抗弁した。

判決は本件工作物についてつぎのとおりのかしがあつたと判断して、被告に損害賠償義務を認めたが、慰藉料の請求については、財産権侵害の場合は、特別の場合をのぞいて原則的には許されないとの見解の下にこれを排斥し、つぎのとおり説明した。曰く。

ところで、(一)排水樋管の瑕疵 本件崖地のような傾斜地には普通管渠式の排水樋管を設けるべきであつて、若し開渠式樋管を用うる場合は附近の状況に鑑み適当な容積の樋管を用うる外、雨水が溢流したときのことなどを考慮して樋管の両側の土地をコンクリートで固める等相当の設備をして置くべきであるが、本件の排水樋管は容積が余りにも小さいのみならず、その附近の地表については何等適切な保護工作を施さないまま放置してあつたこと前顕各証拠により明かであつて、右認定に反する乙第三号証の記載及び証人××の証言はたやすく信用できず、他に右認定を左右し得る証拠はない。

とすると、右排水樋管の設置保存について瑕疵が存在したものと認めるが相当である。(二)土留壁の瑕疵 崖地に土留壁を設けるときはその部分の崖地を補強し得ることは当然であるが、これに接続する崖地で土留壁の設置してない部分を相対的に弱体化させるものであることは前説示のとおりであつて、もし、土留壁が本件崩壊部分にも設置されていたとすれば本件の崩壊は生じなかつたであろうことが容易に看取できるところである。

右のように土留壁を本件のような急勾配の崖地の一部にのみ設置してその他の部分を閑却した事実は、コンクリート土留壁の設置に瑕疵が存在したものといわなければならない。

被告は、三五度の法勾配は普通土砂の安息角(三五度ないし四〇度)以内の安定状態であつたから本件崖地に崩壊の危険はなかつたと抗争するけれども、証人○○の証言によれば、安息角とは水を含まない砂を漏斗状のものから静かに流してそれが重力の作用で自然に形成された場合の勾配の角度を指すものであつて、本件のような崖地には安息角の概念を使用すべきものではないと認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)法尻擁壁の瑕疵 本件崖地の保護工作であるコンクリート擁壁の高さが僅か数米に過ぎないものであるところ、そのコンクリート擁壁の上方にほぼ一〇米の高さの崖が約三五度の急勾配で連なつていることは前記判示のとおりであり、前掲甲第三八号証、弁論の全趣旨によつて真正の成立の認められる甲第九号証、証人○○の証言によれば、法尻擁壁を設置する場合には向背地の崖の高さ、広さ、傾斜度等を考慮に入れてそれに相当する高さのものを設置すべきものであるが、本件のコンクリート擁壁は本件崖地の高さや傾斜度にくらべて低きに失する(本件崩解部の下方に設置されているコンクリート擁壁の高さは他の個所の擁壁のそれより一段と低くなつていること弁論の全趣旨に真正の成立を認める甲四二号法により明らかである)のみならず、その法尻擁壁には崖地の土質や広さ等からして相当多数の水抜穴を設置して排水に便ならしめ前記両土層の間に多量の水が溢れることがないようにして土圧を軽減させる方法を講ずべきであるにも拘らず、本件のコンクリート擁壁には殆んど水抜穴を設けなかつたことが認められ、右認定に反する乙第三号証、証人××の証言は信用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

被告等は、本件崩壊は不可抗力に基くものであると抗争する。なる程、前記判示のとおり本件崩壊の一週間前である昭和三三年九月一七日には二一号台風の影響で一一五粍、翌一八日に五五粍の雨が降つていて相当の雨量に達したのみならず、本件崩壊の日には三九二、五粍の記録的な降雨量があつたものであるけれども、本件崩壊が九月二六日の午後五時頃であることは当事者間に争いのないところであり、前掲甲第三六号証によれば、当日午後五時までの雨量は二一五、三粍で同日中の全降雨量の半分強に過ぎないと認められる(この認定に反する証拠はない。)のであるから、本件土地に前記認定のような設置保存上の瑕疵がなく、法尻コンクリート擁壁を今少し高く設置して傾斜面の勾配をより緩やかなものとし、法面に設けたコンクリート土留壁を本件崩壊部分まで延長して設けてあるか、或いは相当数の新しい土留木柵を本件崩壊部分に打ち込み、排水樋管を容量の大きな管渠式のものを用うるか開渠式のものであれば溢流した雨水の崖地に滲透するのを防止するに足る保護工作をする等の対策を講じてあつたならば、右の程度の雨では本件崖地の崩壊する可能性は少なかつたものであることの窺うことのできる本件においては、本件崖の崩壊をもつて不可抗力の天災に基因するものであると解することはできない。」

「本件崖地の崩壊により一瞬の間に本件建物及び別紙第二ないし第一二物件目録記載の物件が損壊ないし損傷を受けたことは前記判示のとおりであり、これがため原告岩崎秀夫及び原告西田武彦が相当の精神的苦痛を蒙つたであろうことは容易に推認することのできるところである。ところで、民法第七一〇条は他人の財産権を侵害した者はその被害者の財産上の損害の外これによつて生じた精神的損害をも賠償する責任を負担すべき旨を規定している。しかし、財産権を侵害された場合、被害者は常に精神的損害の賠償を請求できるものではなく、原則として、侵害なかりせば被害者が保持したであろう財産状態(相当因果関係の範囲に限定されること勿論である)を回復するに足る金銭賠償を受けることのみを以て満足すべきものであつて、ただ被害者が侵害された財産権につき偏愛感情を抱懐していたような特別事情があり、物的損害の賠償を受けるだけでは、被害者の精神的苦痛が慰藉されないと認められ、しかも、侵害者においてこれを予見しまたは予見し得べかりし場合に限り、被害者は精神的損害の賠償をも請求し得るものと解するのを相当とするところ、本件では右の事情の存在したことを認めるに足る証拠はないから、原告岩崎秀夫及び原告西田武彦は精神的な損害の賠償を求めることはできない。)

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